今日、一本の連絡が入りました。
それは、幼馴染が亡くなったという知らせでした。
正直、言葉を失いました。
常に連絡を取り合っていたわけではありません。
仲が良かったという訳でもないんです。
最後に言葉を交わしたのは、成人式にあったのかなぁ…という感じです。
それでも、やっぱり驚きは隠せませんでした。
さらに、彼が亡くなった理由を聞いて、胸が締めつけられました。
「ガン」だったそうです。
その言葉に、僕自身の過去が重なりました。
もっと早く知っていれば、何か力になれたかも知れない。
そんな氣持ちが、頭の中を何度もめぐります。
「生きたい」と家族に伝えながらも、家族のために、
そして自分の未来のために、懸命に治療に向き合っていた彼の姿を思うと、
どれだけの想いと苦しさを抱えていたのか、胸が苦しくなります。
人は、いつ死ぬか分かりません。
そんなこと、分かっているつもりでした。
でも、誰かの死を通して、それが現実として突きつけられると、
あらためて、考えざるを得ません。
「自分は、どう生きるのか」
「今日という一日を、どう大切にするのか」
僕たちは、生まれた瞬間から、
唯一、平等に約束されている終わり=死に向かって生きています。
だからこそ、
今、生きているこの一瞬が、どれほど尊いか。
大切な人に、今、想いを伝えられることが、どれだけ幸せか。
「ありがとう」「大好き」「会いたい」を、ちゃんと口にすることの意味を
僕はあらためて感じています。
彼の命の灯火は消えてしまったけれど、
その存在が、僕の心に新たな灯火を残してくれました。

僕は、今を大切に生きていきます。
そして、彼の分まで、今を丁寧に味わいながら、
誰かの力になれるような日々を重ねていきたい。
読んでくださったあなたも、
どうか毎日を大切に生きていただけたら嬉しいです。


